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●シュタイナーさん有難う・・そしてさようなら

皆さん。こんにちは。斉藤英治です。
先述のように、現在、私は、今年四月に、カトリック教会に入会したばかりで、そこに馴
染むのに集中しているため、メルマガを書く時間はありません。
 
そこで、このカトリック教会にたどり着くまで、二年間、妻と共に続けたシュタイナー研
究については、そろそろ終了といたしたく、その総括を共同研究パートナーの妻が、ブロ
グに書いておりますので、ご紹介します。ここで、共同研究パートナーと言ったのは、こ
の世の中で、人生を生きていく中での、真理探究の共同研究、分かち合いの勉強と言う意
味です。
 
なお、シュタイナー研究は、私と妻が、この二年間、購入した90冊のシュタイナー本(和
訳書)と格闘、勉強し、また、あまり読めませんでしたが300冊のシュタイナードイツ語
原著(デジタル版)も入手し、ようやく、シュタイナー研究を終了(打ち止め)にしよう
と思っているところです。
 
妻が述べているようにメリットもありましたが、これ以上読めば、かえって、シュタイナ
ー哲学、思想の迷いの森に入っていきそうです。つまり、私にとっては、シュタイナー哲
学は、残念ながら、若干、混乱しているように見えます。
 
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「私の小さな歩みのブログ」(妻、作子(なお子)のブログ)
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2015年7月7日 斉藤 作子(なお子)
 
シュタイナーさん有難う・・・・そしてさようなら
 
シュタイナーの本を手にとったのが2年前の5月でした。
そのときから毎日一生懸命何とか理解しようと、
寄る年波もものともせず、頑張ってきましたが、
結論としては終止符を打ちたいと思います。
けれども、シュタイナーには3つのことを心からお礼を言いたいのです。
 
第一番目は教会への回帰です。
シュタイナーの本を読まなかったら、
まずそのような気持ちになりませんでした。
シュタイナーの本は一貫して、キリスト教なのです。
それもカトリックです。
けれどもそれは伝統的、正統派からみれば、
やはりかなり横道にそれています。
 
二番目は聖体拝領のことです。
これはプロテスタントの聖餐式とは意味がかなり違います。
シュタイナーがはっきりと書いていたのは、カトリックの聖体拝領です。
ミサに与って受ける聖体はキリストの御身体であると言っています。
これによって、私はためらわず、カトリックの門を叩き続けたのでした。
 
三番目は死んだ後、きちんと葬ることの大切さです。
それも教会の中にあって、祈り続けてくれる人の存在の大切さです。
それを教えられました。
だから、納骨堂のある教会へ帰ったのです。
 
2年間シュタイナーを学んだ感想としては、
私は興味本位や刺激を求めて
シュタイナーの勉強をしたのではなく真剣でした。
真理とは何ぞやという命題を10代の時から自分に課して、
その延長上にあることでした。
けれどもこれはキリスト教哲学とでもいいましょうか、
あるいはカトリックの変形とでもいいましょうか、
読んで理解できるならいいのですが、どの本を読んでも、
文章自体が意味わからず、
これは終わりなき哲学論として、お別れすることにしました。
 
ただ、シュタイナーはカトリックをひきずっています。
(シュタイナーはカトリックの家庭で育ち、多分幼児洗礼を受けています)
痛々しいほどにカトリックを心情に抱きながら、
自分の宗教的理論を展開していたように思います。
厳律シトー会(一番厳しい修道院)に
入りたいという願望を持っていた人ですから。
結論として、感謝したいと思います。
キリスト教に完全に帰らせてくれたのですから。
 
2015年7月7日 斉藤 作子(なお子)


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