HOME 健康英知研究所 代表 斉藤英治  (旧称 株式会社 健康英知研究所)
http://esaitou.c.ooco.jp/index.html

※斉藤英治のYoutubeスピーチ動画はここ(約5分)
~下記の文章テキストと動画と並行して見ると、一層分かりやすいです。
⇒ 【 http://youtu.be/zYCl3826PBg  】    

S 177●親愛なる読者に贈る言葉、「敬天愛人」

昨日の論文で述べたように、私のこれまでの人生をまとめれば、
20代、30代の20年間は、熱心なクリスチャンとしての、聖書研究による、
西洋系宗教時代、
40代の10年間は、東洋系哲学による心身鍛錬、修養の時代
50代から72歳の今日に至るまでの20年間は、自由な読書や思考による真理
探求の時代
と区分することが出来る。

そしてたどり着いた現在の私の最も大好きな言葉の一つは、
西郷隆盛の言葉、「敬天愛人」(天を敬い人を愛する)である。
これを珠玉、花束の言葉として、親愛なる読者の皆様に贈りたい。

この中に、日本人の高い精神性、モラル、美徳が濃縮されていると思う。

「敬天」(天を敬い)は、文字どおり、天を敬うことであり、天下の一員である
尊厳ある自立した人間、個人としての私が、天、宇宙、自然を敬うことである。
決して、自然を征服することではない。

今考えてみると、20代、30代の20年間の西洋系宗教の時代には、「祈り」
( Prayer )が重視された。私もそこそこの「祈りの名手」として、この世界
で、「 The Man of The Year 」に選ばれたこともある。

しかしその当時の私の祈りを、今、分析すれば、今更ながら恥ずかしい。

★「私は何も出来ません、何も知りません。無力です、神様、お力をお与えく
ださい。そして、○○を与えてください」と言った、卑屈、無力、空虚、隷属
した嘆願であったり、

★「神よ、われに力を与えたまえ。われに成功と繁栄と○○を与えたまえ。
○○さんを救いたまえ」と言った、横柄な、高慢な、利己的な自分が、神に上
から目線で要求するような祈りであった。

このような卑屈な、そのわりに、横柄な態度で、天に接しようとすれば、天と
自分との間に一つの壁があって、真理を知ろうとしても、真理を知ることが出
来ない。

このように、卑屈や横柄な態度で祈るよりも、まず、天下の一員として、自主、
自立、自尊心で、自由に、思考し、行動する勇気を持つようにした。そうすれ
ば、天からパワーが、自分の心の内に与えられることを実感している。

従って今では、天や自然を敬うことはあっても、このような祈りは一切してい
ない。

また、宗教時代においては、同じ宗教にあるものは、救われた仲間として大事
にし、同じ宗教にないものは、救われていない異邦人として勝手に区別したが、
現在では、天下にある人は、全て天に繋がっている訳であるから、私の仲間で
あり、私が天と繋がっているように、すべての人が天と繋がっている故に、
すべての人を愛することが出来る様になってきた。

それゆえ、西郷隆盛の言葉、「敬天愛人」(天を敬い人を愛する)。
この中に濃縮された真理の一つがあるように思う。
それゆえ、この言葉を、親愛なる読者に私が「贈る言葉」としたい。

HOME 健康英知研究所 代表 斉藤英治  (旧称 株式会社 健康英知研究所)
http://esaitou.c.ooco.jp/index.html