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斉藤英治論文 ●人はなぜ勉強をするか〜勉強の究極の目的と意味〜完全な自分の完成に向けての楽しい旅

「勉強」の意味を辞書で調べると、「学問や技芸などを学ぶこと」となっている。結局、勉強の本質は、学問や研究と同じような意味になる。若い時には勉強、年取ったら研究、学問などど区別する必要もない。生涯、勉強、研究の連続なのだ。それでは人は何のため勉強するのだろうか。

勉強の究極の目的を探るため、近代学問、勉強の発祥の地、古代ギリシャを訪ねてみよう。前報のように、学問の原点、「Philosophy(フィロソフィー)という言葉は、今、哲学と訳されているが、もともとは古代ギリシャで、Philos Sophias(英知を愛する愛する者)が語源であり、森羅万象の意味を探求する学問であった。当時、科学と哲学の分離は行われていなかったから、科学と哲学の融合したものをいうPhilosophy(フィロソフィー)、学問とした。(ちなみに、博士の称号、PH.D、Doctor of Philosophyは、社会科学だけでなく、自然科学の学位にも与えられている)

このように科学と哲学が融合していた時代から、デカルト、ニュートンによる物質科学による科学と哲学の分離した。
再び、アインシュタイン以降も量子物理学によって、学問は、物質科学(自然科学、物質科学、分析科学)と、精神科学(哲学、認識論)の融合が始まり、畳森羅万象の意味の探究が始まった。

このことを、進化生物学者でMIT(マサチューセッツ工科大学)で教鞭をとったエリザベット・サトゥリスは、論文「機械論的、競争的な宇宙から、魅力を取り戻した共・進化する宇宙へ」(英文From a Mechanistic and Competitive to a Reenchanted and Co-Evolving Cosmos)の中で次のように述べている。私がこれまでメルマガ、HPなどで述べてきたことと驚くべき一致が見られる。日本と反対側の西洋で同時期にこのような考えが同時に行われていることは、大いなる驚きであり、また同じような考えを持つ仲間のように感じ、大いなる喜びである。

できるだけ原文に忠実に、エリザベート・サトゥリスの言葉をここに述べておこう。

「科学の元々の意図は、人間の問題に対する指針を見出すためにコスモス(パターンを持った宇宙)を理解することだった。進化生物学者として、そしてギリシア哲学研究者として、わたしは、古来行なわれてきた意味の追究に取り組むために、科学研究と認識論が一つの取り組みとして統合されていた、これらの根元に還ったのである。

その意味の追究とは

わたしたち人間は何者なのか、
わたしたちはどこから来たたのか
そして、わたしたちはどこに向かっているのかという
問いかけであり、
また同時に、わたしたちは今、人間という種の進化軌道のどこにいるのか、
そして、その進化軌道に沿って目的を持って意識的に進むにはどうすればいいのかという、
わたしの個人的な問いかけでもある。」

(訳書:「生ける宇宙、科学による万物の一貫性の発見」、アーヴィン・ラズロ、日本教文社、p160)

つまり、勉強とは、何も、小難しい、味気のない、無味乾燥の苦しいものではなく、究極の目的は、我々人間がもっとも知りたい、探求したい上記の問題を解き、それによって完全な自分を完成させていく過程としての、興味ある楽しい旅であると言えるのではなかろうか。

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