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斉藤英治論文 ●金メダル二個連覇の北島康介選手に学ぶ〜私の好きな言葉〜自分を進化させ強くするには、つらいがハードな訓練が必要〜その原典は

北京オリンピックで、金メダルを二個、大会連続獲得の偉業を成し遂げた北島康介選手が泳いだ後、「何も言えない」と泣いていたが、その陰に長年のハードな自己訓練があったのだと思うと感動した。

また、別項で、麻生太郎さんの好きなことばを紹介し、彼の天性の明るさの理由を探ったが、私の好きな言葉は下記のとおり、聖書の一節である。この言葉に出会ったのは、20台の青年期、いまから30〜40年前のことだが、それ以来、この言葉は、弱い、迷いやすい、継続性のない私を励まし、若干でも、粘り強く、継続性のある、進化を目指す前向きな気性に変えてくれたように思う。

なお、聖書を引用すると言っても、私はクリスチャンでもなく、仏教徒でもなく、回教徒でもなく、無宗教だが、正月には、神社、仏閣で手を合わせる。こんな時に誰でも荘厳な気持ちになる。そして、宗教や信仰など持たなくとも、大自然、地球、宇宙、我々すべての人間や動物や自然が創造され、また我々を愛し育んでおられる偉大な崇高な普遍的な存在があると思っている。わたしは、それを宇宙英知(Universe SQ)と呼んでいる。筑波大の村上和雄名誉教授はそれをSomething Great(サムシング・グレイト)と呼んでいる。

キリスト教で言えば、神、仏教で言えば大日如来、回教で言えば、アッラーに相当するだろうが、このような特定宗教の教義によって定義、限定されものではなく、わたしは、それらを超越した、誰にでも通用する普遍的な存在のことを言っている。

ちなみに、私は、宗教などを参考にはするが、なぜ、わたしが無宗教を選ぶかと言えば、特定宗教の教義によって自分の思考、思索が制限されたり、限定されたりするのを防ぐためである。誰でも人間は、一つの枠に収まる以上に高度で自由な思考能力を持つと思っているからだ。

したがって下記の聖書の言葉は、すべての人に通じるものと考えている。つまり、この中の、「主」とか「神」とかを、自分にとって認識している偉大な存在に置き換えれば、そのまま誰にでも当てはまる名言となるのではなかろうか。

この聖書の中の名言を、そのまま味わってもらおうと、若干、長いが、和文、英文を下記に引用する。
わたしから下手な解説をするより、原文に直接触れたほうが、原文が生きると思うからだ。

わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。
主に責められるとき、弱り果ててはならない。

主は愛する者を訓練し、
受け入れるすべての子を
むち打たれるのである。

あなたがたは訓練として耐え忍びなさい。神はあなたがたを、子として取り扱っておられるのである。いったい、父に訓練されない子があるだろうか。

だれでも受ける訓練が、あなたがたに与えられないとすれば、それこそ、あなたがたは私生児であって、ほんとうの子ではない。
肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。

すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思われず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。
それだから、あなたがたのなえた手と、弱くなっているひざとを、まっすぐにしなさい。(新約聖書、へブル人への手紙12章5−12節)
My son, do not regard lightly the discipline of the Lord,
Nor lose courage when you are punished by him.

For the Lord disciplines him whom he loves, and chastises every son whom he receives.

It is for the discipline that you have to endure. God is treating you as sons;
for what son is there whom his father does not discipline?

If you are left without discipline, in which all have participated, then you are illegitimate children and not sons.
Besides this,we have had earthly fathers to discipline us and we respected tehm.
Shall we not much more be subject to the Father of spirits and live?
For they disciplined us for a short time at their pleasure,but he disciplines us for our good, that we may share his holiness.
For the moment all discipline seems painful rather than pleasant;later it yields the peaceful fruit of righteousness to those who have benn trained by it.
Therefore lift your drooping hands and strengthen your weak knees,

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