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斉藤英治論文 ●検索の時代、「探せ、そうすれば見いだすであろう」
狭き門から入れ
求めよ。そうすれば与えられるであろう。

読売新聞に、「いまは検索の時代」という記事があった。 確かに、いまは、インターネットが発達してきて、グーグル、Yahoo!、ウィキペディア百科事典など、世界中の何百万、何億という情報の中から、一瞬にして、自由に、自分の求めるものを探せる時代になってきつつあるからだ。

これは聖書の中の一節、「探せ、そうすれば見いだすであろう」に近い時代がやってきたということであろうか。
最近、特に、筆者がハマッテいるのは、YouTubeだ。YouTubeの素晴らしいところは、音声付き映像が世界中の何百万、何億という映像の中から、一瞬にして、自由に、自分の求めるものを探せる探せるということだ。

例えば、あの名画、「サウンド オブ ミュージック♪♪」の冒頭で緑の丘の上で、ジュリー・アンドリュースが歌う詩的で感動的なシーンなど(添付の映像は私がYouTubeで検索して探し出した私にとって宝物のような映像だ。再生をワンクリックで再生できるから見たい人はぜひ見てほしい。・・・・・添付
・・※注)すみません。この名場面のシーンは、発信元がYouTubeへの投稿を中止したためか、画像が見れなくなりましたので、下記のYouTube(日本)そのものから貴方のお好きなものを検索して、お好きな映像をお楽しみください。
http://jp.youtube.com/

フジコヘミングのピアノ名曲、誰かの歌(大好きな寺尾聡のルビーの指輪、や誰かの講演などなど・・・・・
これは幾つも入っている。これらをいうYouTubeの中のお気に入りや再生リストにいれて何度も聞く。楽しみは尽きない。
蛇足になるが、先般も、ロシア民謡のカチューシャを検索したら、地元のロシア人の兵士がロシア語で楽しそうに歌っている映像が出てきた。つまり自分の探し求めていたものを探すことができるのである。
探したいものを探せる時代、検索の時代は、今の時代になって本物になってきたと思う。

このメルマガの読者もよくぞ、このメルマガを探し当ててくれたと思う。自分で言うのもおかしいのだが、このメルマガ・HPの読者は本当にラッキーだと思う。なぜなら筆者が一生、何十年もかけてようやく探した自分では宝物と思われるものを提供しているからである。

このように探すことも探せば見いだすことは確かであるが、聖書の中の次の節には、恐ろしい言葉も入っている。
「狭い門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。」
これも本当ではないかと思う。結構、狭き門なのである。だから緊張感を持って検索せねばならないと思う。せっかくのチャンスを見逃してはならないのだ。

探せそうすれば見いだすという希望があるが、狭き門から入れという厳しさもある。この検索の時代、情報洪水の時代、混乱の時代、多忙の時代において、求めよ、そうすれば与えられる、という希望、狭き門から入れという緊張感の両方が必要となってくる。油断してはいけない。

参考に、ノーベル文学賞のアンドレジイドの小説「狭き門」にも引用されている、有名な聖書の一節をここに掲げる。

1)「求めよ。そうすれば与えられるであろう。
捜せ、そうすれば、見出すであろう。
門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。
すべて求めるものは得、捜すものは見いだし、
門をたたく者はあけてもらえるからである。
・・・・(聖書マタイ7章7節〜8節)
“Ask, and it will given to you;
seek, and you will find;
knock, and it will be opened to you.
「狭い門から入れ。滅びにいたる門は大きく、その道は広い。
そして、そこから入っていく者が多い。
命にいたる門は狭く、その道は細い。
そして、それを見いだす者が少ない。」
(聖書マタイ7章13節〜14節)
“Enter by the narrow gate;
for the gate is wide and the way is easy,
that leads to destruction, and those who enter by it are many.
For the gate is narrow and the way is hard,
that leads to life,and those who find it are few.”

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