HOME 健康英知研究所 (旧称  健康英知研究所)代表 斉藤英治

斉藤英治随想  ●生と死の尊厳、意味シリーズ(2)
〜生と死の尊厳の意味が分かった時、人生観が変わる〜

★1.新しい死生観を基礎にした21世紀の老化モデル(斉藤式)の開発: 

前回のレポートで、私は次のように述べた。
生と死は、覚醒(活動)と睡眠に似ている。生と死は、表裏一体であり、お互いに助け合い、人を進化させることができる。
人間も死ぬことは、その与えられた着物を脱ぎ捨てることだ。そして、睡眠に入り、次の別の着物を着て生きる。これを繰り返し、進化して、やがては我々を生み育てた荘厳、偉大な大自然、宇宙と一体化して進化して行く。
これが荘厳、華麗で美しい人間のドラマだ。だれでもどのような人でも、この荘厳で華麗で美しいドラマの主人公の一人だ。従って、生の意味は、この中で、生に与えられた学び、仕事、生活、役割、使命を全うし、その責任を果たすことである。(前回斉藤論文 http://esaitou.c.ooco.jp/080426sei-to-si.html )

実は、このような分野に私が興味を持つようになったのは、今から、約22年も前の1986年頃、私が、東京で、ホスピス終末期医療の研修を受けたのがきっかけだった。講師とテーマは、「死の哲学」の権威、当時、上智大学文学部教授のアルフォンス・デーケン氏(ドイツ) による「デス・エデュケーション」(死への準備教育)」セミナーだった。デーケン氏のユーモア溢れる講演「私は何もデーケン」(笑)は、今でも思い起こす。(同氏著書は「死とどう向き合うか (NHKライブラリー)」など。(日赤病院でのデーケン教授、記念講演要旨「こころの癒しとユーモア」は今も残っているhttp://www.icntv.ne.jp/user/alpha/tusin/tusin18.html )
その後、この分野の世界的研究者、精神科医エリザベス・キュブラー・ロス博士の著書「死ぬ瞬間」(中公新書)はじめ、この分野の本を貪るように読んで研究し、以来、20年、上記のような認識に到達したのだった。結局、死後に希望を持つ人は、明るく前向きに生きることが出来ると言う事だった。

このようにして、約20年かかって、私は、図のような21世紀老化モデル(斉藤式)を開発したのだった。

図のように、老化モデルは、三つの型に分かれる。

※1)PPaK(ピーピーパーコロリン)型
日ごろ、ピーピー文句ばかり言って、だんだん、心身が衰えて行き、寝たきりになり、やがてパーと痴呆症になって、コロリンと行く従来の生き方

※2)PPK(ピンピンコロリ)型
従来型よりましな、いま流行の生涯現役型。終末低下型とも言い、死ぬ間際まで元気。死んだらおしまい。生にしがみつきやすい、死んだらハイそれまーでーよ、と一見さわやかだが、死後はお構いなしの無責任な生活になる。

※3)PPP〜K!(ピンピンピーン これから!)型
私の提唱する21世紀型老化モデルPPP〜K!(ピンピンピーン これから!)。
身体も、心も、精神も日々鍛えていくから、人間レベルは年を経るとともに上昇、進化。若返る。
そして、死んだ後も、死んだ時点の精神レベルからスタートできる。だから死ぬ間際まで勉強する。死んだ後もすばらしい次の生がまっている。まさにPPP〜K!(ピンピンピーン これから!)なのだ。

★2.生と死の尊厳の意味が分かった時、人生観が変わる

1)それは、「覚醒と睡眠」(一日のサイクル)と「生と死」(一生のサイクル)を重ね合わせると良く分かる。睡眠(死)の後、朝、目覚めたら、睡眠(死)でリフレッシュされたさわやかな早朝から始まる一日が待っている。昨日の一日より更に進化したすばらしい一日が。睡眠(死)によって、前日の疲労もすっかりとれ、新しいエネルギーで充電され、新調されたピッカピカの新しい服を着て、疲労もすっかり取れ、新しい人や出来事、場所、経験に出会い、一日一歩前進、進化する。そして、日々、一生一生、進化していく。明日も明後日も、その次の日も、日々、新たにされ、前日よりも一歩進化し、一歩前進し、理想の完成に向けて近づいていく。

2)そのような時に何が起こるだろう。まず、睡眠(死)への恐怖は無くなる。人が、充実した活動を終えて、快い睡眠(死)を待ち望む。誰も睡眠(死)に恐怖や不安を覚える人はいない。一日を過ごした快い充実感を持って、布団に入る。それは、熟睡(死)の後に、さわやかな翌朝がまっているからだ。

3)その日一日学んだことや経験が、次の日に生かされて、前日のレベルから上昇できると分かれば、当然、その日一日、次の日も想定して、着実に、堅実に、あせらずに、その日なすべきことをなすようになる。つまり、その日の使命、生き方が分かる。希望の明日とそれ以降があることが分かれば、とうぜん、今日のもっとも充実した生き方が分かる。なにをすればよいかがわかる。

4)そして、すべての人が協力し合い、宇宙全体の完成に向かっていることが分かれば、自分のことだけでなく、周りの人も、世界中の人々も、動物も、植物も、自然も、完成に向かう一体、地球ガイヤ(地球共同生命体)、宇宙ガイヤ(宇宙共同生命体)の一員(重要構成員の一員)であることが分かり、自分だけでなく、他人も仲間であり、兄弟であることがわかり、そこに普遍愛が生まれる。他のすべてのものへの共感が生まれ、他人を蹴落としても自分だけという利己主義は自然に消える。

5)もはや、そこには睡眠(死)やそれに連なる病気への恐怖や不安はなくなる。生の間、肉体的健康に気をつけて、精一杯生きるが、生への執着はない。もう夜がきて寝る時間が来ているのに、いつまでも夜更かしをして、薬まで打って、マカロニパイプまで蛸のように付け回って、苦痛にあえぎ、医師に拝み倒してまで、夜更かし(延命)をする必要はない。次の日のさわやかな朝と活動に向けて、もっとも楽しみな睡眠に入るのだ。

★3.上記のような死生観を持たなかった時の私のみじめな人生観から一変した

1)20年前の私のように、睡眠に入ったら(死んだ後は)何も無いと考えていたら、昼の活動の後、睡眠に入ると同時に死刑を宣告された人のように惨めだったろう。そのような時だったら、恐らく、やりたいことをやろうと考えるだろう。他人を蹴落としても、自分だけ良ければよい。とにかく、楽しみたいだけ、楽しみ、美味しいものを食べ、夜の睡眠(死)を恐れ、夜の睡眠が来ないように出来るだけ引き伸ばしにかかるだろう。

2)そこから生まれるのは、刹那主義、我欲、利己主義の増大、焦り、他人への残酷、他人からの搾取、人生の空しさ、無意味さ、虚無感、死につながる病気や老化への恐れ、敗北感、死への恐怖、不安、敗北感、医師に拝み倒しての不自然な延命行為、親しいものとの別れのつらさなどが死に近づくほどうずまいていただろう。いま考えてみるとぞっとする。

3)一日しか生きれない人は、その場限りの短期計画、85歳まで生きる人は、365日×85=31,025日の長期計画ができるように、正しい死生観を持つ人は、焦る必要も無く未来に希望を持ち、未来を展望しながら、その日一日、その人生一代を精一杯生きて、その日、その人生一代の使命を果たせばいいのだ。後は、明日(次の生)に任せよう。

4)かくて、正しい死生観を持って初めて、画家ポール・ゴーギャン(1848-1903)が切に求めた人間最大の問題集『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』を解く事ができる。(絵は、ポール・ゴーギャン(1848-1903) 作、『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』1897-1898年(ボストン美術館所蔵)」http://www.salvastyle.com/menu_impressionism/gauguin.html 

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