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斉藤英治随想  ●生と死の尊厳、意味シリーズ
〜自殺、心中、殺人、死刑は、極めて愚かな行為、その理由〜


    【目次(要旨)
★1.生と死の意味を知った人は、決して、自殺や殺人をしないし、他人の死刑を是認したりしない。
★2.生と死は、人にとって、表裏一体であり、昼の活動、夜の睡眠に似ている。
★3.生の意味:人は、生きている間に、最善、最美の人生を創れる権利と責任がある
★4.自然に迎える死の有意義な意味。自殺、心中、殺人、死刑の無意味、愚行

★1.生と死の意味を知った人は、決して、自殺や殺人をしないし、他人の死刑を是認したりしない。

1)いま、世の中で、自殺、心中、殺人、死刑など人為的な死が多発している。それは極めて愚かな、良くないことだ。理由を説明しよう。

2)どのような人でも、どのような環境にあろうとも、人は、自分に与えられている環境の中で、自分に与えられている生を最良、最善にすることが出来る。つまり、自分の幸福と運命は、自分で創る事ができるようになっている。そのような責任と権限がある。

3)自分の生の責任を全うすることによって、初めて、必ず訪れる死を尊厳と期待をもって迎えることができる。

★2.生と死は、人にとって、表裏一体であり、昼の活動、夜の睡眠に似ている。

4)江戸時代後期に、吉田松陰、坂本竜馬らに多大の影響を与えた、代表的な学者、佐藤一斎(1772-1859)は、名著「言志四録」の中で述べているように、生と死は、覚醒(活動)と睡眠に似ている。生と死は、表裏一体であり、お互いに助け合い、人を進化させることができる。丁度、昼の充実した活動が、夜の快い深い睡眠を迎え、快い深い睡眠が、次の日の一日進化した充実とした新しい日の活動を迎えるように。(下記の斉藤論文、「生と死の意味」)
http://esaitou.c.ooco.jp/080216-2seito-si-2.html

5)つまり、覚醒と睡眠は、一日のミニサイクル(リズム)、生と死は、現在の肉体を着た人間の一生のサイクル(リズム)なのだ。人間の本体中の本体(自分自身、self)は決して消えることはなく、永遠に進化を続けていく存在なのである。死は、現在の肉体と言う着物を脱ぎ捨て、死と言う睡眠に入る。それは、自分自身は、進化して、次に与えられる人間の肉体の着物を着るための準備である。

★3.生の意味:人は、生きている間に、最善、最美の人生を創れる権利と責任がある

1)人は、一年に365日、365回、活動(昼)と睡眠(夜)のリズムを繰り返し、進化し、一生にその百倍近く、活動と睡眠を繰り返し、死を迎えてその肉体をまとった人間としての一生を終える。活動するのも睡眠をとるのも同じ人間の本体なのだ。

2)同様に、人間も死ぬことは、その与えられた着物を脱ぎ捨てることだ。そして、睡眠に入り、次の別の着物を着て生きる。これを繰り返し、進化して、やがては我々を生み育てた荘厳、偉大な大自然、宇宙と一体化して進化して行くのである。

3)これが荘厳、華麗で美しい人間のドラマなのだ。だれでもどのような人でも、この荘厳で華麗で美しいドラマの主人公の一人なのだ。

4)従って、生の意味は、この中で、生に与えられた学び、仕事、生活、役割、使命を全うし、その責任を果たすことである。

★4.自然に迎える死の有意義な意味、自殺、殺人、死刑の無意味、愚行

1)自然に迎える死は、睡眠と同様、必ず訪れる、次の生を最善のものに進化するためのものだ。

2)自殺の無意味:はその責任を途中で放棄し、逃避し、生を破壊する無責任で愚かで卑怯な行為である。その人は逃げたつもりでも、また次の生で同じ苦しみを負わなければならない。つまり、他の人が卒業して次の段階に進学しているのに、自殺する人は、勉強と実習を放棄したため、落第、留年し、同じことをやらねばならないのだ。

3)殺人の無意味:自殺と同様に、他人の生を全うする権利を奪うことであるから、恐ろしい、愚かな、悪質な行為である。
4)死刑の無意味:たとえ、人が罪を犯したとしても、その人は、自分の生と全うする権利と責任を有している。従って、他人がその人の生を奪うことはあってはならない。反省する生の機会を与えるべきである。

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