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斉藤英治随想 

●晩節を汚す人、有終の美を迎える人の差

1)[晩節を汚す人]とは、青年期、壮年期には、秀才の誉れ、出世頭などと、もてはやされた人でも、年老いて、人生の晩年になってから、自分の人生を汚し、犯罪を犯したり、世間の物笑いになってしまう人たちのことである。

2)[有終の美を迎える人]とは、物事をやりとおし、最後を立派に仕上げて輝く人のことである。

3) [晩節を汚す人]は、新聞、テレビなどで報道されている見苦しい老人達である。

4)人生の晩年になってどうしてこのような差が出てくるのだろうか。それは、たまたま、老年期に、何回か軽率な失言や失敗をして、世間に知られてしまった、と言うような軽いものではない。

5)長い間、その人が考え、行動したことが晩年になって表面に現れてきたのだ。青年期、壮年期に種を植え、育ててきた作物が、晩年になって、収穫を得るようなものだ。晩年に、立派な良い収穫を得る人、悪い汚い収穫を得る人の差である。

6)自然だけでなく人間の世界では厳然として自然の法則[原因と結果の法則]が働く。原因と言う種を蒔けば、必ず結果と言う収穫が与えられるのだ。悪い種を蒔き育てれば悪い収穫が、良い種を蒔き育てればよい収穫が得られる。

7)或る会社の社長はその例だ。折角の素晴らしい発明の才能という畑がありながら、その才能を不当な方向に向け、社会貢献と正当な利潤追求の種を蒔かず、過度な物質的利益追求の種を蒔いて長い間育ててしまった。
自分の蒔いた悪い種(愚かな思考、原因)による悪い実の収穫を晩年になって刈らねばならない、自分の蒔いた種が悪い収穫になって自分に降りかかってきた、人生の悲劇(結果)と言わざるを得ない。

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